SDGsコラム

2030年欧州新林業戦略(上)

  • 2021.10.28

欧州気候中立大陸実現へ森林の果たす役割を最重視

EU委員会(European Commission、ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長)は21年7月、New EU Forest Strategy for 2030(2030年欧州新林業戦略)を公表しました。同戦略は2030年を中期ゴールとしたEU全体の森林・林業・木材産業政策の基本となるもので、長期的には2050年欧州カーボンニュートラルの実現を目指しています。

同戦略では、現下の深刻な気候変動問題への対処の仕方として、森林の重要性を前面に打ち出しており、副題は「2030年までに少なくとも30億本の植林を実施する」(The 3 Billion Tree Planting Pledge For 2030)となっています。下記は原文及び仮和訳です。仮和訳版は一般社団法人持続可能な森林フォーラム代表の藤原敬氏が作成したものを、許可をいただき添付掲載しました。
持続可能な森林フォーラムは藤原さんが独力で1999年から続けているもので、森林・林業・木材産業を主題とし、林業経済、地域活性化、森林環境、気候変動問題等について、最新の動向と分析を行っており、毎月、多数の情報を発信しています。当社も21年5月から「地球環境時代と木材」というテーマで連載していただきました。
http://jsfmf.net/(一般社団法人持続可能な森林フォーラム)
swd_3bn_trees.pdf (europa.eu)(原文、英語版)
2030に向けた新EU森林戦略(仮和訳版)+.pdf – Google ドライブ(仮和訳版)
https://kubodera-zousaku.com/column_global/(地球環境時代と木材)

EU委員会はEU連合の政策執行機関で、27人の委員による合議制で運営され、法案の提出や決定事項の実施など日常のEU連合の運営を担っています。EU加盟国にとり、最も重要な政策執行機関です。

EU委員会は2019~2024年で6つの優先課題を策定しており、今回の戦略はその一つ「欧州グリーンディール」(A European Green Deal)に直結するものです。「欧州グリーンディール」とは、欧州の温室効果ガス排出が実質ゼロとなる世界初の「気候中立な大陸」(カーボンニュートラル)を目指すもので、気候変動対策の進行に伴い、「持続可能な欧州に向けた投資計画」を立て、2030年までに温室効果ガスを55%減少させる目標を公表しています。
green_deal.pdf (eumag.jp) (日本語版)

2020年1月14日に、EU委員会は「欧州グリーンディール投資計画(The European Green Deal Investment Plan)」(別称:持続可能な欧州投資計画The Sustainable Europe Investment Plan)を発表し、今後10年間に欧州投資銀行を主軸として、官民合わせて少なくとも1兆ユーロの投資を目指すことになりました。この投資を原資にこれからのEUの持続可能な投資プロジェクトの実施を支えていくことになります。

さて2030年欧州新林業戦略ですが、「はじめに」で基本的な考え方が示されています。以下に概要を紹介します。日本の森林政策においても大変参考になる考え方だと思います。
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森林はEUの44%以上を占めており、すべてのヨーロッパ人の健康と福祉に不可欠である。私たちが呼吸する空気と飲む水はそれらに依存している。EU森林の豊かな生物多様性と独特の自然システムは、世界中の土地で見られるほとんどの種の生息地であり生育地である。私たちの心身の健康を強化し、活気に満ち繁栄した農村地域を保護するための中心である。

森林は長い間、私たちの経済と社会において非常に重要な役割を果たしてきた。雇用を創出し、食料、医薬品、材料、きれいな水などを提供してきた。何世紀にもわたって、森林は文化遺産と職人技、伝統と革新のための重要な中心地としての役割を果たしてきた。

しかしながら、それは過去に重要であっただけでなく、私たちの将来にとっても不可欠である。森林は気候変動への適応との闘いにおいて自然な同盟国であり、2050 年までにヨーロッパを最初の気候中立大陸にする上で重要な役割を果たす。
森林生態系を保護することはまた、人獣共通の感染症や世界的なパンデミックリスクを軽減する。健全な未来は、ヨーロッパと世界中の健全で生物多様性のある回復力のある森林を確保することにかかっている。

この緊急性にもかかわらず、ヨーロッパの森林は、一部は自然のプロセスの結果として、また人間の活動と圧力の増加のために緊迫した関係にある。自然プロセス、植林、持続可能な森林管理、積極的な回復のおかげで、過去数十年で森林面積は拡大した。しかしながら、気候変動はヨーロッパの森林に悪影響を及ぼし続けている。害虫、汚染、病気などの問題を悪化させ、森林火災を増加させている。EU における森林火災の範囲と強度は今後数年間でさらに深刻化すると考えられる。

新しい EU森林戦略はこれらの課題を克服し、将来の森林の可能性を実現していく。これは、欧州グリーンディールと EU 2030 生物多様性戦略に基づいており、森林の中心的かつ多機能的な役割を認識し、そして2050 年までにすべての生態系が回復し、適切に保護されることを保証しながら、持続可能な経済を達成するための森林管理者と森林ベースのバリーチェーン全体に貢献する。この戦略は、2013 年に採択され 2018 年に改訂された EU 森林戦略に代わるものである 。

戦略で提案されたコミットメントと行動は、2030 年に少なくとも 55%の EU温室効果ガス排出削減目標の達成という欧州気候法に貢献する。欧州気候法では、2030年の目標と気候ニュートラルの目標を達成するため、 EU機関と加盟国は迅速で予測可能な排出削減を優先し、同時に森林という自然のシンクによる温室効果ガス除去を強化するとしている。

温室効果ガスの排出と森林および林産物による除去は、二酸化炭素換算で 3 億 1000 万トンの野心的な正味除去目標を達成する上で重要な役割を果たす。この戦略はまた、健康で多様で回復力のある森林を提供するための政策枠組みを定めている。すなわち、生物多様性に大きく貢献し、農村地域等での生計を確保し持続可能な森林生物経済をサポートする。

この移行を成功させるには、特に炭素の貯蔵と隔離、大気汚染が人間の健康に及ぼす影響を減らし、生息地と種の喪失を食い止めるため、現在よりも大きく健康的で多様な森林が必要になる。
これは、森林が今後数十年にわたって生計を立て、社会経済的機能を果たすことができるための前提条件ある。そのためには、森林の状態をより適切に把握し、森林の生物多様性を保護し、森林の回復力を確保する取り組みを強化する必要がある。同様に重要なこととして、木材の入手可能性を保証するとともに、農村地域の地域経済と雇用を多様化するために、木材以外の森林ベースの経済活動を後押しする必要がある。

EU森林戦略は、急速に加速する気候と生物多様性の危機の始まりを背景としている。次の10 年は非常に重要であり、戦略は規制、財政、および自主的措置を組み合わせた 2030 年の具体的な計画を提示する。

EU森林戦略は、回復力のある森林生態系を確保し、森林が多機能の役割を果たすことを可能にする目的で、森林の保護と回復を強化し、持続可能な森林管理を強化し、EUの森林の監視と効果的な分散計画を改善するための措置が含まれる。
気候に中立な未来のための持続可能な森林ベースの生物経済をさらに支援するため、化石ベースの対応物にとって替わる新しい材料と製品の革新と促進、およびエコツーリズムを含む非木材森林経済を後押しするための措置を提案する。

この戦略は持続可能な再植林と植林にも焦点を当てており、2030 年までに EU で少なくとも 30 億本の追加の木を植えるためのロードマップを提示する。

私有林の所有者と管理者のための金銭的インセンティブを進めていく。すべての措置は、加盟国、公的および私的森林所有者、その他の森林管理者と緊密に協力して設計および実施される。これらは、EUで必要な変化と活気に満ちた持続可能な森林ベースの生物経済を可能にするものである。この戦略は森林の所有者と管理者、森林を基盤とする産業、科学者、市民社会、その他の利害関係者に至るまで、関連するすべての関係者の積極的な関与を求めている。

この戦略はEUの森林のみに焦点を当てているが、国連の2030持続可能な開発目標(SDGs)、特に目標 15、14 に重要な貢献をすることを目的としている。森林関連の課題は本質的にグローバルである。世界の森林面積は年間平均 470万haの減少が懸念され、森林破壊は年間 1,000 万ha発生している。

EU委員会は、森林保護、回復、持続可能な森林管理に関してグローバルパートナーと緊密に協力し、 EUで調達されたものであれ、第三国からのものであれ、EU 市場で販売される製品は森林破壊のおそれがあるものは流通させない。この戦略は、バリューチェーンのガバナンス、持続可能性、合法性、生物多様性、地域住民の生活に取り組む森林への統合的アプローチを促進する。森林に対する高い野心は、気候アジェンダを主導し、野心的な地球規模の生物多様性戦略を実現するという EUの取り組みと一致している。 
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次回は2030年欧州新林業戦略で打ち出された30億本の新規植林について紹介します。日本における苗木生産規模は年間6000万本前後、ただ造林面積は年間3万haにとどまり、41万5000haもの造林が行われた1961年比で93%もの減少になっています。戦後、全国各地で植林された人工林が、次段階として除伐や間伐をはじめとした植林森林の手入れ期に移行したためでもありますが、立木価格の下落に伴い林家の植林意欲が著しく減退したことも大きく影響しています。
下表は人工林の齢級別面積(2017年度)ですが、8~13齢級(40年生~65年生)面積が740万㌶と全体の73%を占めているのに対し、1~6齢級(5年生~30年生)面積は10%にとどまっており、伐採適齢期齢級の人工林主伐が本格化した後、一気に伐採適齢期齢級面積が減少する恐れがあります。よく言われる人工林の少子高齢化問題です。日本の人工林が本当に循環可能な森林となるための大きなハードルです。